多摩市の自宅、中央区の物件に続き、最後に残ったのは稲本様(仮名)がオーナーとして所有し、法人に賃貸していた収益マンションでした。
オーナーチェンジによる売却の可能性があるため、入居中である法人へ事前に挨拶と説明へ伺いました。
すると、法人側から「ぜひ当社でそのまま現金で購入したい」と即座に申し出があったのです。
提示された金額は、設定されていた抵当権の金額を上回る十分なものでした。
実は5年前、その法人から「この物件を買い取らせてほしい」と打診があったものの、当時は稲本様が売却を断っていたという経緯がありました。
借主にとっては願ってもない好機であり、まさに「渡りに船」の形で、最後の物件売却は極めてスムーズにまとまるはずでした。
しかし、契約と登記手続きを進める中で、稲本様の癌が急激に悪化します。
司法書士による本人確認と最終書類への調印を翌日に控えた前日、ご家族から「意識が混濁している」と連絡が入りました。
不動産取引において、名義人本人の意思確認が取れなければ、売却手続きを進めることは法律上絶対にできません。
「ここまできて売却を断念せざるを得ないのか……」
重い空気の中、それでも諦めず、予定通り翌日に司法書士と共に病院へ向かいました。
病室の前でご家族から「今は意識がありません」と告げられ、司法書士と共に病室のベッドへ向かいました。
当社代表の三瓶がベッドサイドに立ち、いつも通り「お父さん、どうよ?」と声をかけました。
すると、固く閉じられていた目が開き、
「三瓶、どうした? 見舞いか? ご苦労」
と、はっきりとした声で言葉が返ってきたのです。
これまでの経緯と、今日が最後の売却手続きであることを説明すると、
「ああ、そうか」
と頷き、稲本様は差し出された司法書士の書類へ、迷うことなくすらすらと自筆でサインを書き上げました。
命が尽きかけようとしている極限状態の中で見せた、昭和一桁生まれのすさまじい意地と気迫でした。
署名を終えた稲本様は、肩の荷が下りたように
「これで、俺はいつ死んでも大丈夫だな」
と静かに微笑まれました。
明日登記が完了するまでは何としても生きていてほしい、その一心で三瓶は目に涙をためながら言いました。
「移転登記は明日だから、明日まで頑張ってよ!! お父さん」
その言葉に、稲本様は笑いながらこう返してくれました。
「馬鹿野郎!! もっと長生きしろ!! だろ!!」
病室を出た後、同行したスタッフが「社長、お父さん元気そうでしたね」と口にしましたが、三瓶は「ラストファイヤー、寿命を……」とだけ絞り出すように呟き、会社に戻る車内はずっと無言のままでした。
無事に翌日、最後の所有権移転登記が完了しました。
すべての債務と財産の整理が完全に終わりを迎えた5日後、ご家族から稲本様が息を引き取られたとの連絡が入りました。
ご家族によると、三瓶たちが訪問したあの日だけはずっと意識がしっかりしており、家族とも元気にお話をされていたそうです。そして翌日以降は再び深い眠りに入り、二度と意識が戻ることはなかったとのことでした。
自らの人生に責任を持ち、残される者に迷惑をかけまいと、最後の命の灯火(ラストファイヤー)を燃やして書類に立ち向かってくださった稲本様。
その壮絶な覚悟と強い生き様を、私たちは一生忘れることはありません。
人が亡くなる直前、まるで何事もなかったかのように一時的に意識が戻り、気力や活力を取り戻す現象があります。医療の世界では「中治り現象」とも呼ばれますが、私はこれを命の最後の輝き、「ラストファイヤー」だと感じています。
あの日、意識がなかったはずのお父さんが目を覚まし、笑顔で冗談を言い、自筆でサインを書き上げてくれたのは、単なる偶然ではありません。
すべてを綺麗に片付け、家族に迷惑を残さずに旅立つために、お父さんが残された寿命と最後の力を振り絞って起こした、本物の奇跡でした。
だからこそ、同行したスタッフの「元気そうですね」という無邪気な言葉に、三瓶は胸が詰まり、それ以上言葉を返すことができませんでした。
不動産の仕事は、ときに人の命の最後の炎を受け止める責任を伴います。
お父さんが命がけで灯してくれたあの最後の炎の熱さを、私たちはこれからも決して忘れることなく、目の前の相談者様一人ひとりと本気で向き合い続けていきます。